水道水の話題で「トリハロメタン」という言葉を見聞きしたことはありませんか。塩素消毒の副産物として生じる物質で、発がん性という言葉とあわせて語られることもあります。
この記事では、トリハロメタンとは何か、基準値がどう決まっているか、発がん性について何が分かっていて何が分かっていないのかを、一次情報に基づいて整理します。
トリハロメタンとは何か、なぜ生成されるのか
日本の基準値がどう決まっているか(総量と個別の2種類)
日本・WHO・アメリカで基準値がどう違うのか
発がん性について、分かっていること・分かっていないこと
気になる場合に家庭でできること
トリハロメタンとは何か
4つの物質の総称
トリハロメタンは、単一の物質ではなく、クロロホルム・ブロモジクロロメタン・ジブロモクロロメタン・ブロモホルムという4つの物質の総称です。日本の水質基準では、この4物質の合計を「総トリハロメタン」として管理しています。
なぜ生成されるのか
水道水中のフミン質などの有機物と、消毒に使われる塩素が反応することで生成されます。水温が高い夏場は生成量が増える傾向があり、水道水に塩素が入っている理由で解説した消毒の仕組みと表裏一体の関係にあります。
浄水場では、この生成量を抑えるための工夫も行われています。塩素を加える前段階でオゾン・活性炭処理や凝集沈殿によって有機物をあらかじめ減らしておく、塩素の注入方法や量を調整するといった対策により、トリハロメタンの生成を抑えながら消毒効果を確保する運用がなされています。オゾンを使った処理の仕組みは塩素以外の消毒方法とは?で詳しく解説しています。
トリハロメタンは水道水だけの話ではありません。塩素消毒されたプールの水でも、有機物(汗や皮脂など)と塩素の反応によって生成されることが知られています。
- 「有機物(フミン質など)」「塩素」の2つのアイコンが矢印で「トリハロメタン(4物質)」へつながる概念図
- 4物質(クロロホルム/ブロモジクロロメタン/ジブロモクロロメタン/ブロモホルム)を小さなラベルで並べる
- 気温計のアイコンを添え、夏場ほど生成量が増える傾向を表現する
基準値はどう決まっているか
総量と個別、2種類の基準
日本の水質基準では、4物質の合計(総トリハロメタン)が0.1mg/L以下と定められているだけでなく、物質ごとの個別基準値も別に設けられています。
| 物質 | 基準値 |
|---|---|
総トリハロメタン(合計) | 0.1mg/L以下 |
クロロホルム | 0.06mg/L以下 |
ブロモジクロロメタン | 0.03mg/L以下 |
ジブロモクロロメタン | 0.1mg/L以下 |
ブロモホルム | 0.09mg/L以下 |
総量が基準値内でも、特定の1物質だけが偏って多いと、その物質の個別基準を超えてしまうことがあります。総量規制だけでなく個別規制も設けているのは、特定の物質へ偏った生成を防ぐためです。
海外と比べてわかる、日本の基準の特徴
WHO・アメリカとの違い
トリハロメタンへの向き合い方も、国や地域によって規制の枠組みが異なります。
| 国・地域 | 規制の考え方 | クロロホルムの目安 |
|---|---|---|
日本 | 総量+物質ごとの個別基準 | 0.06mg/L以下 |
WHO(国際指針) | 物質ごとのガイドライン値 | 0.3mg/L |
アメリカ(EPA) | 4物質の合計のみを規制 | 個別基準なし(合計0.08mg/L以下) |
クロロホルムを例にすると、日本の基準値(0.06mg/L以下)はWHOのガイドライン値(0.3mg/L)より厳しく設定されています。一方アメリカは、物質ごとの個別基準を設けず、4物質の合計だけを80µg/L(0.08mg/L)以下に規制するという、日本ともWHOとも異なる考え方を採っています。
WHOのガイドライン値は、各国が自国の状況に応じて基準を設定する際の参考値という位置づけで、必ずしもそのまま各国の法定基準になるわけではありません。日本のように、WHOの値より厳しい基準を独自に定めている国もあれば、WHOの値をそのまま採用している国、アメリカのように総量だけを規制する国もあり、規制のあり方は一様ではありません。
- 「日本」「WHO」「アメリカ」の3枚のカードを横に並べる
- 各カードに規制方式(総量+個別/ガイドライン値/合計のみ)を短いラベルで示す
- 日本のカードのみアクセントカラーで縁取る
発がん性について、分かっていること・分かっていないこと
IARCの発がん性分類とは
国際がん研究機関(IARC)は、物質の発がん性について4段階の分類を公表しています。グループ1は「ヒトに対して発がん性がある」、グループ2Aは「おそらく発がん性がある」、グループ2Bは「発がん性がある可能性がある」、グループ3は「発がん性について分類できない」という段階です。この分類は、証拠の「量」と「確からしさ」を示すものであり、リスクの「大きさ」を直接示すものではない点に注意が必要です。
IARCの分類では、クロロホルムとブロモジクロロメタンはグループ2B(発がん性がある可能性がある)、ジブロモクロロメタンとブロモホルムはグループ3(分類できない)とされています。
グループ2Bは、動物実験などで可能性が示唆されているものの、人における十分な証拠はまだ確立していない段階の分類です。日本の水道水で実際に摂取する濃度・期間での人体への影響は、今後も継続的な研究が必要とされています。
IARCのグループ2Bは「発がん性が確定した危険な物質」という意味ではありません。証拠のレベルを示す分類であり、身近な多くの物質・状況も同じグループ2Bに分類されています。分類名だけを見て過度に不安になる必要はありません。
そもそも塩素消毒は、水系感染症を防ぐために水道法で義務付けられている仕組みです。消毒をやめればトリハロメタンは生成されなくなりますが、病原微生物によるリスクの方がはるかに大きいというのが、多くの国で塩素消毒が採用され続けている理由です。トリハロメタンは、消毒という便益と引き換えに生じる副生成物として、基準値の範囲内で管理するという設計思想のもとにあります。
気になる場合、家庭でできること
活性炭を使った浄水器は、トリハロメタンの低減効果が期待できるとされています。浄水器を比較するときに見るべき3つの視点も参考にしてください。
煮沸する場合は、ふたを開けたまま10分以上沸騰させると低減効果が期待できます。沸騰後5分ほどは一時的に濃度が上がることがあるため、短時間の煮沸だけで済ませないよう注意してください。
気になる場合は、お住まいの水道局が公表している水質検査結果で、実際の濃度を確認することもできます。
まとめ
トリハロメタンは、塩素消毒の副生成物として生じる4つの物質の総称です。日本の基準値は総量・個別ともにWHOより厳しく設定されており、水道事業者による継続的な管理のもとで供給されています。生成そのものをゼロにすることは難しくても、基準値の範囲内に収める技術と体制が確立されているのが現状です。
発がん性については、一部の物質がIARCのグループ2Bに分類されていますが、これは「可能性がある」という段階の分類であり、断定的な危険性を示すものではありません。分類の意味まで含めて理解しておくことが、正しい向き合い方につながります。詳しい仕組みは水道水に塩素が入っている理由でも解説しています。
「発がん性」という言葉だけが独り歩きしがちですが、分類の意味を正しく知ることも大切な情報リテラシーだと考えています。数字と分類の裏側まで、これからも整理してお伝えします。